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赤松啓介『夜這いの民族学』


■書誌■

書 名  『夜這いの民俗学』 
著 者  赤松啓介 
出版社  明石書店 
頁 数  128頁 
定 価  1165円(本体) 
発 行  1994年01月31日 
ISBN  4-7503-0567-7 


■書評■

夜這い[★1]は第2次世界大戦前まで(一部では戦後しばらくまで)農村地帯を中心にして行われていた性習俗である。男が女のもとへ忍んで通い情交を結ぶといったその語の一般的な意味を考えると、それがなんとも忌まわしき過去の習俗のように思えるし、だからこそポルノの題材になったり、果てはイメクラのメニューの一部にもなるのだろう[★2]。さて、戦前まで(一部では戦後しばらくまで)のムラにおいては、男女とも13歳から15歳になるころにはその共同体の成人異性によって公式に性交教育が行われた。そしてその後は夜這いによって性交のテクニックを練磨したのである。当時、性行為は現代のように密室的なものではなく、すぐれて共同的なものであった(だからこそ夜這いのやり方や相手の選び方などの規則は、ムラによって驚くほど多様である)。また共同体のシステムのなかで夜這いが果たしていた役割は、結婚とはまったく違ってもいた。結婚は労働力や財産の管理のための共同体的な制度であったのにたいし、夜這いは宗教や信仰に頼りながら過酷な農作業を続けていくために必要な一種の楽しみを成員男女に与えるためのそれだったのである。本書ではそうしたムラの性習俗が無味乾燥な学術論文風にではなく、まるで長老の思い出話のように語られており、いっそう興味深い。

現代の日本でなされているものからは考えられないような性教育が50年前のムラでは一般的だったことを考えると、現代の性教育にみられるような貞操観念はキリスト教的道徳観の流入(より直接的には国家主義的な教育・政策)にその起源をもつということができよう。また、夜這いの習俗が消滅したのは資本主義経済の普遍化によって従来からのムラ的な共同体のシステムが崩壊した結果だということもできる。夜這いをはじめとするムラの性習俗は、このようにしてキリスト教的道徳観と資本主義経済、つまりは日本に近代化をもたらしたヨーロッパ文化の両輪によって不可逆的な変化をこうむったのである。(吉田浩)

★1――『新明解国語辞典 第4版』(三省堂)によれば、「よばい」は雅語動詞「嫁(よば)ふ」の名詞形で、「夜這い」「夜這」は借字であるという。ちなみに同辞書による定義は「昔、男が夜、女の所に行って情交を結んだこと」。

★2――この性風俗にたいする道徳的判断はここではひとまず差し控えておく。「昔はよかった」とか、「昔はひどかった」とか、「どちらが人間本来の生活であるか」などの声が聞こえてきそうだが。

(付記)――類書には同じ著者による『夜這いの性愛学』(明石書店)などがある。柳田国男ら日本の民俗学者は、夜這いをはじめとする前近代的な性習俗についての民族資料をほとんど残していない。著者によれば、それは柳田民俗学が共同体の内側からその習俗を認識することができなかったということ、さらにはその性習俗を淫風陋習として切り捨てたことによる。だから著者のねらいは、民俗学者たちがとりあげなかった下層階級の人々を中心とする習俗をありのままに書き残しておくことにあった。




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