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リチャード・ダイヤー『白さとその表象』


■書誌■

書 名  『白さとその表象』   White  書影
著 者  リチャード・ダイヤー   Richard Dyer  
訳 者  (未邦訳)    
出版社     Routledge, London and New York 
頁 数     256 pages 
定 価     $19.99(US) 
発 行     1997 
ISBN     4-00-336051-6 


■書評■

舞台セットに主演女優が上った。これからクロースアップの撮影が始まる。カメラが彼女の顔に近づき、固定される。メイクアップ・アーチストが微調整を終え、ステージを降りる。同時に照明の調節が行われる。反射板がまわりに据えられ、顔に直接スポットをあわせろという指示が飛ぶ。カメラをのぞくと、女優の顔にまばゆい光がこうこうと当たっている。準備が済んだところで、監督の合図と共に、カメラがまわりだす……。

リチャード・ダイヤーは、上記のような一件何の変哲もないような撮影現場に、一つの疑問を投げかける。ファインダー越しに映る不自然なほど白く輝く女優の顔ーこの「白さ」には重層的な意味があるのではないか? 『白さとその表象』は、ギリシャ・ローマ時代の彫刻から『ライジング・サン』のような最近のハリウッド映画に至るまでの西洋人による様々な素材を分析し、「白さ」をめぐる表象の体系を辿る。

ダイヤーによれば、「白さ」とは単に色そのものを指すだけでなく、人種、民族、ジェンダーといった様々な意味が与えられた特定の「身体」を表象する。そしてそうした表象は、主にキリスト教、「人種」、そして帝国主義の言説によって(再)生成されてきた。中性や近代の絵画におけるイエス・キリストや聖母マリアの像、19世紀以降における「アーリア人」の神話構成と他民族との異化(ナチの台頭により、この言説はひとつのピークを迎える)、帝国主義的拡張の課程で正当化された「白人」支配の言説などが、代表例として挙げられている。

同時に、「白さ」という言説の流動性も強調されている。例えば、19世紀中盤にアメリカへ移住したアイルランド人移民は、風刺漫画や絵画の中で、肌色の濃い類人猿的な姿として描かれる。しかし社会に溶け込むにいれ、次第に彼らは「白人化」さ れる。ターザンは、ジャングルで活躍する「野蛮人」でありながら、その肌の中間的な「白さ」故、時には「白人」、時には「蛮人」として「文明」と「野蛮」の間を自由に往復できる存在として、観客・読者の関心を引く。

興味深いのは、光に関する考察である。ダイヤーによれば、写真や映画といった複製芸術は、同時に「白さ」を特権化するメディア装置だという。撮影時に人工的な光を当てる行為は、単にセットや被写体をより克明に映す術ではなく、「白い」肌を望ましいものとして標準化することにより、「暗い」皮膚の色の価値を卑しめる権力構造の構築にも荷担する。古典ハリウッド映画における白人女優(リリアン・ギッシュやメアリー・ピックフォードら)の異様なまでの「白さ」ーそしてしばしば光は上方(天)から照らされるーは明らかな例だが、その他にも皮膚の色を「薄められた」有色人種の女優のスチール写真などにも、色彩のグラデーションと並行した権力構造とその記号化が見て取れる、とダイヤーはいうのだ。

その他にも、マスキュリニティと「白さ」の関係(本書においてダイヤーは自身のホモセクシャリティについても述べている)や、イギリスのテレビドラマ、The Jewel and the Crown における植民地化と「白さ」の交錯についても、本書は言及し ている。こうした西洋人による「白さ」の構築に批判的な分析を加えることにより、ダイヤーは「白さ」の特権的位置を剥奪し、その戦略的相対化を試みている。

一見自明のようなテーマに改めてメスをいれる本書からは革命的な発見を得られないものの、いわば「コロンブスの卵」的な仕事だといえないこともない。しかし、問題点もある。たとえば、西洋人による「白さ」の表象を分析するという「非西洋」を切り離して考える視角がそれだ。政治、経済、文化、イデオロギーが何世紀にもわたって交錯してきた「西洋」と「非西洋」の歴史的経緯を踏まえると、純粋に「西洋的」な構築は容易には得られない。トニー・モリソンやエドワード・サイードの仕事を部分的に利用しながらも、本書においてこの問題は解消されているとは言い難い。

本書の議論ははたして正当なのか? そして「白さ」の権威は、はたして西洋・非西洋国家の隅々まで浸透しているのか? 表象のみに分析対象を絞ったダイヤーの著作からは、取り上げられたテクストの社会的影響は計れない。しかし、「白さ」とその表象は十分に一考の価値があるテーマだといえるはず。少なくとも、ダイヤーによって「白さ」に関する議論がより活性化されれば、本書はその役目を果たしているといえるのではないかと思う。(北村洋)




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