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エリック・ホブスボーム 『国家とナショナリズム 1780-』


■書誌■

書 名  『国家とナショナリズム 1780-』   Nation and Nationalism Since 1780  書影
著 者  エリック・ホブスボーム   Eric Hobsbawm 
出版社  (未邦訳)   Cambridge, UK: Cambridge University Press 
頁 数     206 pages
定 価     $12.05 (US) 
発 行     1990 
ISBN     0-521-43961-2 


■書評■

「国家」とは一体何か?ベネディクト・アンダーソンのように「想像の共同体」と唱えるのは一見易しいが、そうした表現にはつかみどころのない、一種の抽象性が伴う。『国家とナショナリズム 1780-』も、アンダーソン同様、「国家」と「ナショナリズム」という二つの概念の解明に挑んだ著作である。イギリスのマルクス主義歴史家エリック・ホブスボームは、『想像の共同体』を賛えつつも、フランス革命以後急速に発達した「国家」の概念を、3つの時代に分けながら、簡潔に説明する。

本書によれば、まず「国家」には「客観的」な定義は存在しない。なぜなら国や国家意識といった概念は、歴史的な状況により多様に定められ得る不安定なものだからだ。では、いま私たちが使う意味での「国家」とはいつ頃誕生したのか?ホブスボーム曰く、「近代国家」の概念は、1780年代のヨーロッパにおいて「発明」され、主にブルジョワ層によって主に政府、領土、言語、人民といった変数を用いて説明されるようになる。「国家」を理解するにおいて特に重要なのは経済学者の言説だ、と筆者は続ける。逆説的にも、「国家経済」を経済活動の単位を定めたのは、アダム・スミスを始めとした19世紀の自由主義経済論者たちであった(例えば『国富論』を参照)。経済交換のシステムの中心に据えられた「国家」は、かくのごとくエリート層による帝国主義的拡張と支配の道具になっていく。

そうした言説の土台をいったい何が形成しているのか?学者の間では宗教、エスニシティ、言語、領土云々と論議されてきたが、ホブスボームはそれら各々の必然性を否定する。第2次世界大戦後のドイツにおける方言を操る支配層の台頭、つねに国との摩擦を演じるクルド人やバスク人の言動、そして一国家内によく見られる宗教の多元化。どれもが、「国家」の単純化、簡略化を嫌う。筆者が告白するように、国家論の探究は、同時にその限界も露呈する。現存する一次資料に記述されなかった人達(読み書きの出来ない者、社会の底辺に位置付けられた者)のナショナリズムが把握できなければ、「国家」の本質が理解できたとはいえないからだ。

ではいったい私たちに何がわかるのか?本書に与える回答には、フランス革命以後誕生した政府の定める社会的範疇、エリート層が普遍化しようと試みる「愛国心」、標準語の設定と拡散、そして政治的意図が注入されたスポーツ大会(オリンピックなど)や文化的プロパガンダが含まれる。ホブスボームの定義する「近代国家」の第1期(フランス革命より1880年頃まで)には、単一民族主義的幻想の一般化、「標準語」を含めたエリート・カルチャーの創生、そしてそれの征服と支配への欲求が含まれる。第2期(第1次世界大戦まで)にはそれまで許されなかった民族自決権の台頭、エスニシティと言語の中心化、国家思想の右傾化が挙げられる。ファシズムという形でそれらが完全に花開いた第3期(1950年代まで)は、先行する傾向に逆らう。ソ連邦の誕生、「下から」の反ファシズム運動、第2、第3インターナショナルの召集−つまりナショナリズムの左傾化である。非ヨーロッパ諸国における反植民地化運動も、主にマルクス主義と融合しつつ、保守的な「国家」観への反逆を試みる。

ホブスボームによると、19世紀を形成したナショナリズムの「勢い」は、もはや20世紀末には見られない。民族や言語のさらなる多元化や更に複雑化する人口移動が物語るように、現在の世界は「国家」の枠にはまらない「他者化」がどんどん進み、さらにスミスらの描いた「国家経済」という構想も、経済のボーダーレス化に伴ってその意味を失ってきている。21世紀にはさらなる混沌が待ち受ける、と筆者は結ぶ。

複雑な国際事情を効率よく、しかも説得性をもって描写する本書は、「国家」という概念の2世紀以上にわたる経歴を知るには有益な入門書である。だが、その簡潔さが故に、本書の定めた枠組みに当てはまらない具体例は排除されている。例えば、アメリカ合衆国という重要な「例外」が十分に考慮されていない。アフリカやアジアの諸国で左からのナショナリズムが噴き出た20世紀中盤、アメリカ(日本も然り)では逆に組織的な赤狩りが行われ、政権の保守性が強化された。冷戦の終った90年代でも、国歌の義務化や英語の国語化といった問題が取り沙汰される。民族・言語構成の複雑なアメリカでは、星条旗と共に、独自のナショナリズムが声高に謳われる。そうした国家意識の本質を解明するには、本書の外へ助けを求める必要があるであろう。(北村洋)



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