![]() |
|
| ホーム > Geo-Philosophical Book Map > |
| エリック・ホッファー 『エリック・ホッファー自伝――構想された真実』 |
| 書 名 | 『エリック・ホッファー自伝――構想された真実』 | Truth Imagined | ![]() |
| 著 者 | エリック・ホッファー | Eric Hoffer | |
| 訳 者 | 中本義彦 | ||
| 出版社 | 作品社 | Harper & Row | |
| 頁 数 | 190頁 | ||
| 定 価 | 2200円(本体) | ||
| 発 行 | 2002年06月05日 | 1983 | |
| ISBN | 4-87893-473-5 |
|
もう数週間にわたってうちつづく深夜に至る労働。そんな労働から帰宅して、ビールを飲みながら入手したきり机に置いてあった本の山から一冊を手にとる。
明日のためにすぐ眠るつもりでパラパラと冒頭だけ眺めておこうと読み始めたのだが、結局そのまま読了した。ホッファーを読む一時間はまことに幸せであった。 男は放浪の途中、移動する貨物列車の屋根の上から、一冊の書物を風のなかへ投げ捨てた。それは愛読してきた書物だった。男は難問について考えながら、思わずいつものようにその書物をひもとこうとし、気がついた。こんな調子では俺はやがて自分でものを考えるのをやめてしまうだろう。そして男は本を風のなかへ投げ捨てた。 この忘れ難い爽やかなエピソードには、ホッファーの生と思想のスタイルが見事にあらわれているように思われてならない。本書は、『大衆運動』(The True Believer: Thoughts on the Nature of Mass Movements, 1951)や『現代という時代の気質』(The Temper of Our Time, 1967)などの著作で知られるこの男、エリック・ホッファー(Eric Hoffer, 1902-1983)が、半生を顧みた一書である。幼少時の失明と失明からの回復、自殺未遂、放浪、労働、読書、思索、執筆。その生の軌跡は、波乱に満ちている。 本書を何よりも印象的にしているのは、ホッファーが自らを語る場面というよりもむしろ、放浪と労働の毎日のなかで出会った人々との間に起こる出来事、その描写の鮮やかさだ。ホッファーは自らもそうであるところの季節労働者や放浪者たちに細やかな視線を送り、彼/彼女らの生の陰影をじつに見事に浮かび上がらせている。この視線が〈時代の気質〉に向けられたとき、私たちの手許に残されたあれらのホッファーの諸著作が生まれたのだ、と独り感得する。 もちろんそんな風に事後的な納得したとてどうということはない。けれども、本書の中につぎのような言葉を認めるにいたっては、いよいよホッファーの思索がその生から湧き出でたものであることを確信せずにはいられないのであるし、そのような生を生きたホッファーの思索が時代の条件を超えていまもなお有効でありつづけることを理解できもするのである。少し長くなるが引いておきたい。 「障碍をものともしない驚嘆すべき道具としての衰えることのない構想力が、人間経験の本質をつぎつぎと抉り出す。どの行にも生が脈打つ。比類のない語り手たちの構想力が創造性を熱望し、同時に彼らの観察力を引き出す。注意に値しないものなど何一つない。動機も行動も物語も服装も習慣も数え切れないほどの細部も、きわめて鮮やかに描かれる。日常の現実に対する愛情が、隅から隅まで行き渡っている。善は悪とともに取り上げられる。完全を偽善的に示すものは何もない。どんな偉大な人間も欠点をもち、成功や美徳と同じくらい明確かつ詳密に描かれる。語り手たちによって構想された真実は、真実よりも生き生きとしており、真実よりも真実に近い」 これは旧約聖書を称えるホッファーの言葉だ。私はこの言葉をそのままホッファーの著作を称えるために使いたいと思うものである。
「……弱者の影響力に腐敗や退廃をもたらす害悪しか見ないニーチェやD.H.ローレンスのような人たちは重要な点を見過ごしている。
「ありふれた日々の出来事が歴史に光を当てることがあると知ったとき、私はこの上ない喜びを感じた。たぶん、書かれた歴史が抱える問題は、歴史家たちが古代の遺跡や古文書から過去への洞察を導き出し、現在の研究からは引き出していないということにあるのだろう。私が知る歴史家の中に、過去が現在を照らすというよりも、現在が過去を照らすのだという事実を受け入れる者はいない。大半の歴史家は、目の前で起きていることに興味を示さないのだ」
「慣れ親しむことは、生の刃先を鈍らせる。おそらくこの世界において永遠のよそ者であること、他の惑星からの訪問者であることが芸術家の証なのだろう」 いちいち註釈をつけるまでもない。これらの言葉はホッファーの生そのものであり、思索そのものである。ありふれた日々を異星人のように生き、〈歴史〉の波間に消えて行く出来事――自らもそこに立ち会う出来事――に視線を送り等身大の思索をすること。このような人物を特定のレッテルで表現することなど到底かなわぬことではあるが、それでも敢えていうなら、このような人物を哲学する人間というのではないか。 本書を読了した私は、眼の前の書物の山にいささかウンザリすると同時に、私が目下おかれている、私個人にとってはもはや無意味に過剰でしかない労働状態をことさら胡散臭く思うのであった。 (八雲出) |
|
・Amazon.co.jp‐本書を購入したい方はこちらからどうぞ。
|
|