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| 池田清彦『構造主義科学論の冒険』 |
| 書 名 | 『構造主義科学論の冒険』 |
| 著 者 | 池田清彦 |
| 叢 書 | 知における冒険 |
| 出版社 | 毎日新聞社 |
| 頁 数 | 248頁 |
| 定 価 | 1262円(本体) |
| 発 行 | 1990年04月10日 |
| ISBN | 4-620-30728-9 |
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著者が提唱する「構造主義科学論」と「多元主義社会」の解説、そしてそれらの結びつきが論じられる。
構造主義科学論とは何か。それは、科学は真理を追求するのではなく同一性を追求するのだ、と考える科学論である。科学は観察可能なもの(見えるもの=現象)を不変の同一性(見えないもの=構造)によってコードし尽くそうとするゲームである。見えるものを見えないものによっていいあてようとするゲームだといってもよい。あるいは、時間を含む現象を時間を含まない構造によってコードするゲームだといっても同じだ。そして科学は、コトバという非明示的な形式を構造という明示的な形式に変換することによってより多くの現象を説明し、より客観的になることができるのである。しかしその客観性は、外部世界の(不変の)実在性と関係するものではないと考えられているため、決して一元的な真理として理解されることはない。この科学論の特徴は、外部世界の(不変の)実在性を仮定する必要がないということだ。観察可能なものは現象であって、現象は必ず時間を含むことからもわかるように不変ではありえない。だから外部世界に不変の実在があるとする構図は、当の実在が観察不能なときだけ有効な擬制なのである。 多元主義社会とは何か。それは、人々の恣意性の権利を最大限尊重する社会である。その唯一の規範は、人々の恣意性の権利を不可避に侵害しないことである。それは文化や伝統や生き方自体を擁護するのではなく、それらを擁護する個人の恣意的な権利を擁護する。外部世界の(不変の)実在性を擁護する考え方は必然的に真理概念を擁護するため、文化や伝統の真理性を押しつけ人々を一元化しようとするが、このような真理概念を必要とせず多元的な価値を擁護する構造主義科学論は、だから多元主義社会と強い親和性をもっているのである。 以上が本書の概略である。この構造主義的科学論は、科学(者)がしばしば犯す文法的・論理的跳躍を戒めて科学の領域をはっきりと画す点で、その跳躍に戸惑う者をすっきりとした気持ちさせてくれる理論だ。すっきりしたからか、科学の領域の内と外に関わる問題もはっきりと見えてくる。著者があげる例では、生命現象と科学との関係がある。生命現象は必ず時間を含み変なるものであるがゆえに、それをそのままのかたちで不変の明示的な形式に変換することは論理的に不可能にみえる。とすると、生命現象をコードする最終規則は非明示的な形式でしかありえないのか。郡司ペギオ-幸夫らの取り組みはこの問いに答えようとするものだといえる。つまり非明示的な形式の形式化は可能か? ということだ。これは心的(意識)現象についてもいえるかもしれない。私が「クズテツ」でも取りあげた心と脳の関係、正確には心と脳科学の関係である。これらについては別の場所で考えてみたい。(吉田浩) |
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本書にはつぎの版もある。
・『構造主義科学論の冒険』(講談社学術文庫、講談社、1998/06) |
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・ROUTE#013「科学論の冒険」‐書評ROUTE。(当劇場内)
・池田清彦『さよならダーウィニズム』‐同書書評。(当劇場内) ・哲学の劇場 > 作家の肖像 > 池田清彦‐池田清彦の略歴情報。(当劇場内) ・Amazon.co.jp‐本書を購入したい方はこちらからどうぞ。 |
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