若き日の労作である第1部「ムハンマド伝」と、その30年近く後に書かれた第2部「イスラームとは何か」から成る本書のモチーフは、イスラーム誕生の瞬間をジャーヒリーヤ(無道時代。ムスリムはイスラーム以前の世界をこう呼ぶ)との関連において描き出すことにある。
第1部。ムハンマドは、当時支配的だった「砂漠の騎士道」のごときスンナ(慣行)への根底的批判者、純正な唯一神教を標榜する預言者として現れた。メッカでの迫害からメディナへと移ったヒジュラ(遷行。イスラーム暦の紀元)以降、ムハンマドの敵にはメッカ市民だけでなく、一神教を多神教へと堕落させるユダヤ教徒やキリスト教徒をも加えられる。そして8年間のジハード(聖戦)の後、ついにムハンマドは聖都メッカを奪うのである。以上のようなムハンマドの生涯が、ジャーヒリーヤの詩、コーラン、古アラビア史家からの引用を織り混ぜながら生き生きと描き出される。
第2部。ここでもイスラーム誕生の意義がジャーヒリーヤとの連関において提示されるが、さらに進んでイスラームの概念が内部構造的に解明される。ジャーヒリーヤ時代において「イスラーム」という言葉は、語源的には単に「商品などを相手に委ねること」を意味していたに過ぎない。それがムハンマドによって宗教的次元へと換骨奪胎され、「神への絶対無条件的な依存」を意味することになった。イスラームは、絶対不依の精神を持つ誇り高いジャーヒリーヤにたいして、人間は唯一絶対の神の奴隷であると宣言する。唯一絶対の神の前では、身分に関わらず人は等しく奴隷なのだ、と。ここでは「イスラーム」「ジャーヒリーヤ」のふたつの言葉が、単なる時代区分としてではなく、当時のアラブ世界を引き裂いた鋭く対立するふたつの実存様態として描き出されている。そしてはじめはこのような個人的な宗教的実存様態であったイスラームが、次第に信徒共同体の共有財産、組織づけられたひとつの制度としての宗教へと成長していくのである。ムハンマドは、「永遠の宗教」としてのイスラームを提示してみせた。それはきわめてセム的な人格神的絶対一神教であり、一神教を多神教へと堕落させたユダヤ教とキリスト教に抗して「アブラハムの宗教」を復活させる試みであった。「最期の預言者」と自らを規定(イスラームからみれば、もちろんそう規定するのはアッラーであるが)したムハンマドにとって、「永遠の宗教」は絶対的帰依に色づけられたイスラームへと固定され、文字通り永遠に続かなければならなかったのである。(吉田浩)