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R.D.レイン『ひき裂かれた自己』


■書誌■

書 名  『ひき裂かれた自己』   The divided self 
著 者  R.D.レイン   R. D. Laing  
訳 者  笠原嘉+阪本健二+志貴春彦    
出版社  みすず書房   Tavistock Publications 
頁 数  314頁    
定 価  1900円(本体)    
発 行  1971年09月30日   1960 
ISBN  4-622-02342-3    


■書評■

分裂病質者と分裂病者についての実存的-現象学的研究。本書の目的は狂気、そして狂気へと至るプロセスを了解可能にすることである。レインによれば、「精神病と判断された人を理解することは一般に考えられているよりはるかに可能」なのである。

さて、精神分裂病質者(Schizoid)とは、その人の体験の全体がふたつのしかたで裂けている人間のことである。つまり、世界と自分とのあいだの断層があり、さらに自分自身とのあいだに亀裂が生じているのである。自分と世界との違和は彼(彼女)に、世界にたいして演技をすることを強要する。演技によってその断層を埋めようとさせるのである。その結果、彼(彼女)の自己はにせ自己と内的自己とに分裂してしまう。この場合、世界と直接に関係するのはもっぱらにせ自己であり、その一方で内的自己は世界との関係からは不可侵な領域、彼(彼女)だけの秘密の領域(「真の」自己)として確立される。にせ自己がみせかけや偽善に満ちた世界との関係とうけもつ一方で、内的自己が正直さや誠実さを保とうとするのである。ここで注意したいことは、このように二分されたにせ自己と内的自己がともに現実性を失ってしまうということである。「真の」自己(内的自己)を保持しながらにせ自己を使いこなすことがいつまでもうまくいけばよいのであるが、そうはいかない。はじめは自らのアイデンティティの感覚を保つための手段として生じた内的自己が、そもそもどんなアイデンティティからはじまったのかということさえ見失いはじめるのである。レインはこのような内的自己を、「身体化されない自己」と呼ぶ。「普通の」人が、自分と身体とが分かちがたく結びつけられているものとして体験する(この場合の自己は、身体化された自己ということができる)一方で、分裂病質者においては自己が「身体化されない内的自己」と「身体化されたにせ自己」とに分裂してしまうからだ。分裂病質者と分裂病者はこのような過程を通して「ひき裂かれた自己」へと至るのである[★1]

精神病者(患者)にたいするレインの態度は一貫している。それはひとことでいえば、患者を人間として扱う、ということである。一見あたりまえのようだが、これは口でいうほど簡単なことではないように思える。なぜなら患者を人間として扱うということは、患者が彼(彼女)の世界の内で彼自身であるそのありかたを再構成する試みを要求するし、さらに医師と患者がともにあるそのありかたについての考察を要求するからだ。これが外科的な関心をもって患者に対応することよりはるかに困難であることは明らかだ。外科的な関心しかもたない医師は、患者の内にある特定の欠陥を分析するだけでよいし、医師と患者との関係についても考える必要がない、つまり医師自身の存在、そして診療室という特殊な「場」の力学を不問に付すことができるからである(レインは「人間としての患者にたいする関係と事物としての患者にたいする関係」という区別をもちいている)。これが精神病理解の実存的-現象学的基盤だ。もちろん、レインのそうした臨床的態度とその結果生みだされた分裂病理解とが不可分のものであることはいうまでもない。(吉田浩)

★1――その背景としての家族の構造を扱った『狂気と家族』(笠原嘉+辻和子訳、みすず書房、1972)は、11例の分裂病患者の家族研究である。また、分裂病者と分裂病質者の対人行動の諸形態をより詳細に論じた著書としては『自己と他者』(志貴春彦+笠原嘉訳、みすず書房、1975)がある。これは症例やドストエフスキーらの文学作品にみられる自己と他者との関係を論じたもので、対人関係論として秀逸であるばかりでなく、出色のドストエフスキー論でもある。

(付記)――本書は1960年代から1970年代にかけての反精神医学、反近代科学、カウンターカルチャーの熱狂のさなかに生みだされのだが、このムーヴメントの文化的・思想的意義とレインの役割については、モリス・バーマン『デカルトからベイトソンへ』(柴田元幸訳、国文社、1989)を参照されたい。また、本書で表明された分裂病および分裂病質理解とグレゴリー・ベイトソンによるダブル・バインド理論とは非常に親近性がある。『精神の生態学』(佐藤良明訳、思索社、1990)も参照されたい。最後に、レイン自身による半生伝『レイン、わが半生』(中村保男訳、岩波同時代ライブラリー、1990)。レインがどのような関心をもって精神医学に身を投じたか、どのような態度をもって臨床・研究活動を行ったかがその時代背景とともに語られる感動的な自伝である。




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