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ローレンス・レヴィーン『ハイカルチャー/ローカルチャー ――アメリカ文化の階層構造』


■書誌■

書 名  『ハイカルチャー/ローカルチャー ――アメリカ文化の階層構造』   Highbrow/Lowbrow: The Emergence of Cultural Hierarchy in America  書影
著 者  ローレンス・レヴィーン   Lawrence Levine 
訳 者  (未邦訳)    
出版社      Harvard University Press, Cambridge, Massachusetts 
頁 数     306 pages 
定 価     $16.50 (US) 
発 行     1988 
ISBN     0-67-439077-6 


■書評■

「シェイクスピアは難解だ」と思わない人はあまりいないだろう。複雑にユーモアとアイロニーのちりばめられたソネットや演劇を理解するには、文学的教養やことば(英語)に関する深い知識が必要とされる。特に近年の欧米において、シェイクスピアはローレンス・オリヴィエのイメージとともに「高尚な文化」(ハイ・カルチャー)と同一視されるのが一般的だ。しかし、そんなシェイクスピアの文化的位置付けは、アメリカでは19世紀の後半まで支配的ではなかった、と歴史学者ローレンス・レヴィーンは主張する。『ハムレット』にしても『リア王』にしても、前世紀の中頃まではむしろ大衆娯楽の一部であり、いわゆるエリートに限定される文化的所産ではなかった、というのだ。それでは、なぜ、そしてどのようにシェイクスピアの文化的地位が「昇華」したのか? 本書はこの疑問に答えようとする。

レヴィーンは、文化を流動的な言説体系だと規定する。この枠組みの中で、シェイクスピアはもともとアメリカの一般大衆に深く受け入れられた「共有文化」(shared culture)であった。『ヘンリー5世』や『リチャード2世』は、学者や知識人に限らず、大衆のあいだで幅広く親しまれた。ニューイングランドや南部の大衆劇場では、必ずといっていいほどシェイクスピアの演劇には人は群がった。『ハックルベリー・フィンの冒険』で少年ハックと黒人ジムが『ロミオとジュリエット』のパロディを演じたように、高等教育を受けていないものも、シェイクスピアを演じて楽しんだ。「シェイクスピアの本には聖書と並ぶぐらいの人気があった」と、当時の旅行家も書き残している。

しかし、変化は19世紀の中盤に訪れる。大衆劇場の支配人や演劇の批評家は徐々に観客の「下衆な」ふるまいを批判し、排除しようとする。活字文化の普及にともない、シェイクスピアは全集化、「古典文学化」される。そして間接的にはあるが、レヴィーンは都市化、産業化、教育機関の設立を、変化の理由に挙げる。その結果、19世紀末には完全に成立した正劇は、観客に静粛なマナーを強いるようにに至った。もはやエリート文化に「昇華」されたシェイクスピアは、そんな厳粛な環境でしか演じられなくなる。

本書の一番の問題点は、大衆文化の捉え方にある。レヴィーンのいう共有文化には、境界線がない。つまり、ハイ・カルチャー化される前のシェイクスピアは、皆に共有された文化的所産だと、レヴィーンはほのめかす。しかし、次々に流入するヨーロッパからの移民、奴隷制度や人種差別と格闘する黒人、西海岸へ降り立った中国や日本からの労働者、そして北上するメキシコ・ラテンアメリカの人たち。アメリカの複雑で流動的な人種構成を考えれば、やはりシェイクスピアは主にアングロ・サクソンの層に限定されたものだと考えたほうがいいだろう。もしそうでなければ、『ハムレット』や『マクベス』がどのように非白人たちの間に広がり、受け入れられたのか、筆者は示さねばならない。

反面、レヴィーンの功績は、文化の流動性を強調することにより、価値観の普遍性に疑問を提示するところにある。本書はイタリアン・オペラ、映画、交響楽団、などといった例をさらに挙げるが、文化的評価が「上」や「下」へ移る例は、このほかにも少なくないはずだ(例えばジャズやサイレント映画など)。しかし、なぜそういった変化が起こるのか。レヴィーンの考察にはまだ説得性が欠ける。こうした事象の捉えにくさ自体が、逆にレヴィーンの文化的枠組みを正当化している点、皮肉にも文化史研究の難しさを伺わせる。(北村洋)



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