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松浦寿輝 『エッフェル塔試論』


■書誌■

書 名  『エッフェル塔試論』  書影
著 者  松浦寿輝 
出版社  ちくま学芸文庫 
出版社  筑摩書房 
頁 数  540頁 
定 価  1500円(本体) 
発 行  2000年02月09日 
ISBN  4-480-08541-6 


■書評■

本書は、エッフェル塔を考えつく限りの様々な角度から眺め、読み、分析し、考え、解釈し、論じた労作である。筆者は、この高さ300メートルの鉄塔とその表象や言説を、スルメを噛むかのような忍耐力でもって徹底的に咀嚼し、結果を540頁の濃厚なテクストにまとめあげた。大変読みごたえのある一冊である。

当然のことながら、内容は多岐にわたる。19世紀末には「石の都」だったパリに、「錬鉄」の構造体が発芽したという事象が「近代化」の流れに拍車をかけると同時に、「鋼鉄」でないところから生じる微妙なアナクロニズム。スーラ、コクトー、ル・コルビジュエが想像し、描いた表象としての<塔>(特にコクトーが「線」に生の原動力を見い出したという発想をエッフェル塔の線的な構造に重ね合わせた点が面白い)。エッフェル塔のエレベーターが生み出す「高さ」にこそ本質ありという着眼(「昇るための機械」としての<塔>)。エッフェル塔の「建築」としての美しさと「建造」物としての工学的な価値をめぐる葛藤。<塔>建設の背景に潜む帝国主義的衝動やフランスやエッフェル本人のナショナリズム。<塔>そのものやエッフェルの波瀾に満ちた生涯はもちろんのこと、実体から一人歩きしがちな象徴的記号としてのエッフェル塔についても、筆者は西欧建築の変遷、「大衆」の誕生や「近代化」の流れといった歴史的・社会的系譜に位置付けつつ、巧みに論を展開してゆく。

エッフェル塔という「一つの記号」にこれだけ多様な意味を見い出した筆者の洞察力には感心させられる。映画に、文学に、絵画に、写真に、様々な形で描かれてきたこの<塔>に、あえて真っ向から挑んだ点も評価される。

同時に、題材の選択にも興味を覚える。これだけの意味を捻出できるのは、やはりエッフェル塔がそれだけ多様な面において特権的な位置に君臨してきたからであるからであり、仮に同じ鉄骨構造で19世紀末のアメリカに運動と浮遊のスペクタクルを供給した大観覧車(フェリス・ホイール)を中心的に扱っても本書のように厚みのある仕事は生産できないのではないか、と考える。(末尾の文献リストを見ても明白なように)これだけ書かれ続けていても、さらに筆者によってこれだけ論じられ得たというところに、エッフェル塔のアウラ(もしくは畏敬がかった価値)が垣間見えるといってもよいかもしれない。

つまり、『エッフェル塔試論』は豊潤な素材をシャープな料理人が調理した奥深い一皿という訳である。本書は文庫化される前に、1995年6月20日、筑摩書房より刊行された。(北村洋)




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