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『愛と希望の街』『青春残酷物語』『太陽の墓場』『日本の夜と霧』――日本が安保闘争や学生紛争で揺れた1959-60年に輩出されたこの4作品は、若き大島渚監督にとってはスタート地点だったというよりは、一つの転換点だったといえるかもしれない。戦争に負け、その責任もまともにとらない父の世代に反発を覚えた大島青年。そんな彼が初期の映像作品に投射したのは、松竹大船調を代表とする既存の体制に反抗しながらも共産主義や反体制組織に葛藤をおぼえる矛盾した社会意識だった。「松竹ヌーヴェルバーグ」の旗手とも形容される若き日の大島作品は、ネオリアリズムやゴダールのスタイルにも影響を受けつつ、共産主義革命や反体制を掲げる若者達の激しい政治意思を、繊細に且つ荒々しく主張する。本書は、そういった初期の大島監督の活動と思想をつづった回顧録である。
大島氏が一貫して追求しているのは、「私」性の映画、すなわち映画における主体性の表現である。松竹という映画会社のさまざまな制約(特に『日本の夜と霧』の上映禁止)に反感を覚え、後の大島作品を数々世に送りだすこととなる創造社を自らつくりあげた自己主張と反骨精神。60年代の大島作品に共通する問題意識の表現。そして学生紛争が加速する時代と複雑に共鳴しながら、かつ自己批評をも反映させた作品群、そのテーマ、その製作手法の新しさ。さまざまな面において、「私」にこだわった大島氏のエネルギーが文章からにじみでている。
『大島渚1960』は、初期の4作品を解説するにとどまらず、世代間の相克がゆるがした日本社会そのものをも回想した良著である。1960年代を生きなかった私にとり、本書のように生き生きとした回顧録は、「状況」を知るために非常に有益だ。写真や注釈も充実している。(北村洋)
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