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佐々木能章『ライプニッツ術――モナドは世界を編集する』


■書誌■

書 名  『ライプニッツ術――モナドは世界を編集する』  書影
著 者  佐々木能章 
出版社  工作舎 
頁 数  323頁 
定 価  3800円(本体) 
発 行  2002年10月 
ISBN  4875023677 


■書評■

あの画期的な邦訳版『ライプニッツ著作集』工作舎、1988-1999)全10巻が完結したのは1999年のこと。この10年越しの一大事業のおかげで、現在わたしたちの手許にはライプニッツの巨大な足跡に接近するためのさしあたっての道具が揃った。

しかし、である。いざライプニッツに取り組もうとするわたしたちは、怪物マシーン・ライプニッツが走り回った領域のあまりの広大さに呆然とする。ライプニッツとは、ブルバキのような集団に冠せられた名前だったのではないかと疑いたくなるほどだ。ライプニッツの仕事の全域(1923年から刊行が続いているアカデミー版全集はいまだ完結していない)を踏査するためには、もう一人のライプニッツが必要である。もちろん、ライプニッツの全仕事がそのまま現代のわたしたちの思索と実践に資するわけではない。とはいえ、その財産目録を検討してみないことには、いたるところで響きあい、つながりあっているライプニッツの仕事を十全に活用することも覚束ないのではないだろうか。

そんな風に途方に暮れる私たちのもとに福音が届いた。『ライプニッツ著作集』の共訳者の一人でもある佐々木能章氏の『ライプニッツ術――モナドは世界を編集する』工作舎、2002/10)である。

本書は通常の意味での哲学書ではない。ライプニッツがいかにしてあれだけの仕事を手がけることができたのか? その思考と仕事のスタイルと実践の術に迫ろうという書物である。つまり、怪物マシーンが走破した全領域をフォロウするというよりは、怪物マシーンにそれだけの走行を許したエンジンがどのようなものであったかを検分する書物といったらよいだろうか。奥出直人氏の書物のタイトルを借りるならライプニッツの「思考のエンジン」のスペックと性能を解明しよう、というアプローチである。これが滅法おもしろい。

「差異や変化が無いと考えるのではない。無限に小さいと考えるのである。つまりはあるのだ。存在と無とでは折り合いがつかない。しかし存在同士でなら調整は可能となる。『一見相対立する』ものとは、差異や変化があるか無いかによって区別をしていた。しかし実は両方とも差異や変化がある、とすることによって同じ土俵で扱うことが可能となる。もちろん何度も言うように、ここでは『無限』が決定的に重要な役割を果たしている。この時期に発見された『無限小』という数学上の概念なくしては、無限に小さい差異や変化という発想はあり得なかった。ライプニッツはこの概念を背景に、自然の現象を統一的に把握する可能性を追求しようとしていた」(p.56)

「現象の多様さこそが説明されるべきことであり、多様さが減ってしまうような説明は望むところではない。ライプニッツはデカルト哲学の中にその気配を感じ取った。デカルトの衝突の法則を吟味することによって、ライプニッツは何よりも多様さを捉えるという課題を第一においたのである」(p.60)

「大事なのは、違いをなくすことではなく、どこで違いが出てくるかを見きわめること、そしてこれがもっと大事なのだが、違いがはっきりと出せないならば、多様性を認める方向で考える、あるいは存在が豊かになる方向で考えるということである。」(p.60)

ライプニッツが無限の概念を媒介にして、同一性を差異の、静止を運動の一種であると考えるのは、現象の多様なあらわれを理論の箍にはめて殺すためではなく、現象の多様さを多様なままに捉えるためであった。かといって、ライプニッツは多様性をそのまま記述するだけでは満足しない。もし多様性を記録するだけなら、ライプニッツは博物学とでもいうべき仕事に専念すればよかったはずだ。むしろ、多様性を能う限り殺さずにしかしそれを有限の概念の組み合わせで把握すること――もちろん佐々木氏はこんな風に乱暴な単純化をしていないが、佐々木氏の筆を通して見えてくるライプニッツ術を一言でいうならそういうことではないだろうか(取り扱う範囲が狭いとはいえ、私はここでS.ウルフラムが近著A New Kind of Science(Wolfram Media Inc, 2002/05)で展開した複雑性に対するアプローチを想起する)

こう考えればライプニッツが横断した領域が、哲学、数学、言語学、法学、物理学、生物学、地質学、歴史学、神学、技術論、政策、図書館学、中国研究――と多岐にわたるのももっともなことである。人は、自然や人間あるいはその社会に生起する諸現象を、いくつかの異なる方法と観点から考察してきた。個々の学問分野とは、その方法と観点に与えられた名前だ。ライプニッツの関心が万学にわたるのは、個々の学問の枠組みに関心があることもさることながら、むしろ諸学がもたらす種々の異なる観点から、自然や人間、社会をその潜在性を含めて十全に把握するためであろう。仮に存在と存在者に対するライプニッツの多様で複眼的なアプローチを水平方向の思考術と呼ぶとすれば、他方でライプニッツには個体と世界(宇宙)を往還する垂直方向の思考術がある。

「ライプニッツの哲学は、個体と世界とのあいだを常に行き来している。ライプニッツの用語で言うならば、モナドと予定調和とがその両端を支えるものとなっている。どちらもそれだけだと説明としては成り立たず、互いに補い合うことによって初めて全体像が姿を現すものである。そしてこの両者はいつも緊張感をもって対峙しつつ支えあっている。ライプニッツの哲学を解きほぐすことの難しさは、この緊張関係をどこから描き出すかということにある。これが厄介なのはモナドも世界もそれぞれが積極的な意味での無限を含意しているからである。そしてモナドを考えると世界まで広がり、世界を考えるとモナドに出会うことになる。」(p.172)

個と世界。このときほぐしがたい現実の構成と運動を能うかぎり損なうことなく記述する術としてのライプニッツ術。本書は、そのエッセンスを私たちに明かしてくれる好著である。あまりの面白さに本書を一気に読み終えた私は、余勢を駆ってライプニッツ術をライプニッツに適用してみるべく書棚から著作集を抜き出したのであったが。(八雲出)



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