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矢代梓 『フユトン・クリティク――書物批判への断片』


■書誌■

書 名  『フユトン・クリティク――書物批判への断片』 
著 者  矢代梓 
出版社  北宋社 
頁 数  249頁 
定 価  1800円(本体) 
発 行  1987年03月10日 
ISBN   


■書評■

書物の星座としての書評

書評を読む悦楽がある。ここに紹介する矢代梓の書評は、そうした愉しみを与えてくれる書評の一例である。

書名を『フユトン・クリティク――書物批判への断片』という。「断片」には「フラグメンテ」とルビがふってある。この書名については、書物の冒頭にかかげられた「序にかえて――書物批判への断片」と題した文章に詳しい。ここではひとまず「フユトン・クリティク」つまり、feuilleton critique とは「新聞や雑誌などに掲載される批評欄あるいはその批評記事」というほどの意味を持つフランス語であることだけを押さえておこう。事実、本書を構成する書評群は、著者が1986年の1年間に『出版ニュース』に連載した文章でもある。

著者は「書物についての批評は、まず読む者を批評している当の書物に近づけ得るものでなければならない」と、書評(者)の責務について述べている(p.20)。では、矢代梓の書評の真面目あるいは読みどころはどこにあるのか。彼は、どのようにして書評の読者を書物に近づけるのだろうか。管見によればそれは、星座を知る・教えられることに似た愉しみによって、である。どういうことか、説明してみたい。

物質としての書物は、それぞれが一個の独立した物である。しかし、書物に書かれたことは、別の書物、別の人物、別の出来事、別の時代、別の出来事へと言及し、関連している。あるいは、直接の関連はなくとも、テーマ、問題設定、同時代性によって間接的に関連することがある。物質的に互いに独立した書物の間に、こうした連関を見、書物を集め、並べること。それは、膨大な書物を総体とする宇宙――そこでは常に新しい書物が生まれ、別の書物が消え去って行く――の中に、ある布置を描いて見せることであり、ただ眺めたのでは、でたらめ(とは、人間の認識能力の限界をはるかに超える複雑さのために、人間にとってでたらめに見えるという意味だが)にばらまかれたようにしか見えない、孤立した書物の間に、縦横に糸を通して見せることだ(著者はしばしば「赤い糸」と表現する)。糸を通されることで、それまで一見個々別々に浮遊しているかのように存在して見えていた書物が、あるまとまりを形成するかのように見えてくる。矢代梓の書評の多くが読者に示すのは、主題的に取り上げる書物の内容にとどまらない、書物の星座である。

このように書けば著者は書痴であるかのように思われるかもしれないが、そうではない。著者の関心は、書物とともにその背景、あるいはその書物に意味を与える現実にも向けられている。

「どうして、この国では作品の歴史的位相を究明する作業がお座なりになるのだろうか。作品理解の、まず第一前提はその作品がどのような時とどのような場所に、どうして生まれたか、この意味をたずねることのはずである。ことに、今世紀のごとき情報そのものが一応行き渡っているという前提で、学問が行われる場合には、共時的かつ通時的考究は不可欠のことだろう」(p.113)

これは、少なからぬ作品が邦訳されながらも、(文脈に沿うならば1986年当時)理解が深まらない日本におけるバシュラール受容について不満を述べた部分である。ここに示されている、作品理解のために歴史的位相を共時的かつ通時的に究明するという姿勢が、著者自身のものであることは言うまでもない。それは著者の早すぎる死によって遺作となった『年表で読む20世紀思想史』(講談社、1999)を読むことで、より深く感得されることでもある(詳しくは同書をとりあげる別の場所で述べるが、これは、書物の刊行や作家の動向を含めた種々の出来事を編年体でつづった書物である)。

矢代氏の書評を読む愉しみを、星座を教えられる愉しみのようだ、と述べた。ある星の配置をオリオン座であると知り、その由来、それにまつわる物語を知る愉しみ。それは再び書評に戻って言えば、複数の書物とそれにまつわる出来事がおりなす、ある問題の所在を知ることに対応する。しかし、星座と書評の愉しみについての粗雑なたとえが重なるのはここまでである。星座を知った人の多くは、星座を構成する個々の星について詳しく知ろうとは思わないだろう。一方、書評によってある書物の星座を知った読者には、教えられた星座を――場合によっては自分で変更・拡張しながら――念頭に置き、個々の書物にとりくむ愉しみがある。もっとも、書評の読者には、はじめから「おもしろい書物を紹介してはもらえないだろうか?」という期待があるわけだが。事実、私も本書によって、多くの星座(とは言え、ここに集められた書評が紹介する書物は、矢代氏が集め、読んだであろう書物群のごく一部に過ぎないだろう)を教えられ、そこにあらわれる書物を手にしてきた。今日、日本語でこのような優れた書評を読む機会がどれほどあるだろうか?

最後に、本書評文では具体的に触れなかった、『フユトン・クリティク』で中心的にとりあげられる書物について、目次を引用して紹介に代えたい。また、同書の巻末には11頁にわたる関連参考文献リストが収録されている。(八雲出)

★高雅なロマニストの祈願
 『読書日記』エルンスト・ローベルト・クルティウス

★脱構築はマルクス主義に何をもたらすか
 『デリダとマルクス』マイケル・ライアン

★人間的魅惑に満ちた現代数学
 『10人の大数学者』F.ガレス・アシャースト
 『フォン・ノイマとウィナー』スティーブ・J.ハイムズ
 『科学革命の歴史構造』佐々木力
 『哲学の脱構築』リチャード・ローティ

★フランス小説の甘美な抒情
 『アルゴールの城にて』ジュリアン・グラック
 『とどめの一撃』マルグリット・ユルスナール

★シャネルとミシア
 『シャネル』シャルル=ルー
 『ミシア』アーサー・ゴールド+ロバート・フィッツディル

★保田與重郎の政治的ロマン主義
 『保田與重郎全集』

★音楽の社会的機能について
 『レッグ&シュワルツコップ回想録』エリーザベト・シュワルツコップ
 『ハンス・アイスラー』アルブレヒト・ベッツ

★現代思想と言語学の溝を埋めるには…
 『外国語上達法』千野栄一
 『注文の多い言語学』千野栄一

★今、和辻哲郎を読み直すために
 『和辻哲郎』坂部恵

★ウォルター・カラーの三冊とワイマールの出版人
 『ドイツ人』ウォルター・カラー
 『ワイマル文化を生きた人々』ウォルター・カラー
 『ドイツ青年運動』ウォルター・カラー
 『わが友・出版人』ヴァルター・キャウレーン

★北海道文学のこれまでと現在
 『化身』渡辺淳一

★新批評と新しい新科学的精神を結ぶもの
 『バシュラールの世界』松岡達也
 『コミュニケーション』ミシェル・セール

★ポストモダン論または思想の世紀末
 『ポスト・モダンの条件』ジャン=フランソワ・リオタール

★フール・クラウン・ピエロ 三つの道化論
 『道化の社会史』S.ビリントン
 『道化』コンスタンティン・フォン・バルレーヴァエン
 『ピエロの誕生』田之倉稔

★拡がりゆく一九世紀文化展望の地平
 『世紀末の美と夢』辻邦生編

★反ユダヤ主義の聖書は偽書だった
 『シオン賢者の議定書』ノーマン・コーン

★戦争と革命の今世紀を生きた女たち
 『女たちの肖像』中村輝子

★異色の推理小説二篇について
 『ペイパーチェイス』ナイジェル・ルイス
 『経済学殺人事件』マーシャル・ジュヴォンズ

★形而上学批判としてのポスト構造主義
 『現代思想の系譜学』今村仁司

★真の神秘主義的魔術観の復権
 『薔薇十字団の覚醒』フランセス・イエイツ
 『象徴哲学体系』マンリー・P.ホール

★性と権力をめぐるフーコー晩年の精神的境位
 『性の歴史 I 知への意志』ミシェル・フーコー

★ナチ体制下の国内亡命者は抵抗者だったのか
 『フルトヴェングラー』ベルント・W.ヴェスリンク

★宇宙と生命の相互進化を描く壮大なドラマ
 『自己組織化する宇宙』エリッヒ・ヤンツ

★「神は細部にありき」――ある美術史家の生涯
 『アビ・ヴァールブルク伝』E.H.ゴンブリッチ

★モダンのアルケオロジーを目指して
 『産業革命のアルケオロジー』バリー・トリンダー
 『鉄道旅行の歴史』ヴォルフガング・シベルブシュ

★西欧中心史観のデコンストラクション
 『オリエンタリズム』エドワード・W.サイード

★「全体はいつわりである」――暗い人アドルノの思想
 『三つのヘーゲル研究』テオドール・W.アドルノ
 『社会科学の論理』テオドール・W.アドルノ
 『美の理論』テオドール・W.アドルノ




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