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| ROUTE#001「偉大な思索のはじまりの開始」 |
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哲学は古代ギリシアにはじまる。アリストテレス(Aristoteles, 0384BC-0322BC)は先達に「自然学者」(ピュシコイ)の名を与えて、その祖をタレスと見立てた。今日哲学史の記述がタレスからはじまるのは、このアリストテレスの見立てに依っている。
ではタレスやその前後の人々の思想については、どのような資料があるのだろうか? ドイツの古典文献学者ディールス(Hermann Diels, 1848-1922)とその弟子クランツ(Walther Kranz, 1884-1960)による労作『ソクラテス以前哲学者断片集』は、それ自体が一個の古典と言ってもよい作品だ。本書にはソクラテス前後の思索家たちに関する無数の断片が集積されている。中には断片というにも短い言葉や、図らずも文脈からこぼれてしまった言葉もある。いずれにしても本書を読んでわかることは、オルペウスから初期ソフィストまで本書にとりあげられた100名近い思索家たちの言説そのものはほとんど残っていないということだ。そこには一部の真正断片を除けば、プラトン、アリストテレス、ディオゲネス・ラエルティオス、キケローほか後世の著述家たちが引用・紹介という形で書き残した間接的な資料が並んでいる。ソクラテス以前の言説を読み解くということは、はじめからピースが足りないことがわかっているジグソー・パズルを完成させる試みのようなもの。古来、碩学たちによってさまざまな解釈が提出されている所以である。ところで近年、内山勝利氏の編集によって本書の全訳(全5分冊+別冊1、岩波書店、1996-1998)が現れたことは誠に歓迎すべきことだ。また、日下部吉信氏による文庫3分冊の編訳書『初期ギリシア自然哲学者断片集』(ちくま学芸文庫、筑摩書房、2000-2001)も取り扱いが便利である。 古代の哲学者たちについて知るためにはディオゲネス・ラエルティオス(Diogenes Laertios, 生歿不詳、3世紀の人)を欠かすことができない。彼が著した『著名哲学者たちの生涯と教説』(邦題は『ギリシア哲学者列伝』)は実に多くの哲学者についてその生涯と教説を紹介している。研究者によればディオゲネスの筆には少なからず信頼できない部分があるらしいが、そのことはわたしたち非専門家が哲学者たちの逸話をたのしむ妨げにはならない。哲学研究ということをさしおいても面白い読み物である。 ジャン・ブランの『ソクラテス以前の哲学』は門外漢のために書かれた小さな本で概観を得るのに適している。また廣川洋一の『ソクラテス以前の哲学者』は研究者が通史的に断片を読解する場面に立ち会うことができる得がたい一書だ。巻末にアナクシマンドロスほか10人の哲学者の断片が訳出されているのも有り難い。 「人類の未来を、いま地球的規模で世界を覆っている科学・技術の圧倒的力を考慮に入れつつ思索しようとするとき、対決されなければならないのは、まず第一に、ギリシア人の哲学と科学であり、その根底にある人間観である。ギリシア人の哲学と科学との批判的な対決を通じてのみ、わたしたちは、人類の未来を望見するための新たな地平に立つことができるのであろう」と述べるのは『古代ギリシアの思想』の著者、山川偉也だ。古代ギリシアの思想を現代の問題として捉えるとき、それがけっして訓詁学の対象にすぎないものではないことが見えてくる。むしろそれは根底的であるとさえ言えるのではないか。『現代思想』(青土社)の臨時増刊号「ソクラテス以前」にも目を通しておこう。 若き日の古典文献研究者ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844-1900)は、このディオゲネス・ラエルティオス(ニーチェ風に言えばラエルティオス・ディオゲネス)に魅了された一人だった。彼は青年期にディオゲネス・ラエルティオスをめぐる幾つかの論文を書いている(それらの作品は『ニーチェ全集』で読むことができる)。ニーチェのソクラテス=プラトン嫌いの訳、ニーチェがソクラテス以前の思索家を称揚する訳を考えつつ読んでみること。 同じくソクラテス以前の思索家たちに哲学の可能性を求めたハイデガー(Martin Heidegger, 1889-1976)の講義録にあたってみるのもよい。諸断片に対する解釈を通じて、それら諸断片が解釈者の姿を映す鏡として働いていることに気づくかもしれない。ハイデガー全集には『古代哲学の根本諸概念』『ヘラクレイトス』『パルメニデス』などが収録されている。 また忘れてはならないのは、西川亮(デモクリトス)、鈴木幹也(エンペドクレス)、高橋憲雄(ヘラクレイトス)、井上忠(パルメニデス)、山川偉也(ゼノン)、といった日本の研究者によるモノグラフだ。日本語による蓄積を活用しない手はないだろう。
Last updated on 2002/03/18 |
| ★ | H.ディールス+W.クランツ編『ソクラテス以前哲学者断片集』(内山勝利編、全5巻+別巻1、岩波書店、1996-1997) |
| ★ | ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』(加来彰俊訳、全3巻、岩波文庫青663-1,2,3、岩波書店、1984-1994) |
| ★ | 廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』(講談社、1987; 講談社学術文庫、講談社、1997) |
| ★ | 山川偉也『古代ギリシアの思想』(『哲学と科学の源流――ギリシア思想家群像』、世界思想社、1987; 講談社学術文庫1075、講談社、1993) |
| ★ | 『現代思想』第10巻第05号「総特集=ソクラテス以前」(青土社、1982/03) |
| ★ | ジャン・ブラン『ソクラテス以前の哲学』(鈴木幹也訳、文庫クセジュ、白水社、1971) |
| ★ | G.E.R.ロイド『初期ギリシア科学――タレスからアリストテレスまで』(叢書・ウニベルシタス、法政大学出版局、1994) |
| ★ | マルティン・ハイデガー『古代哲学の根本諸概念』(「ハイデッガー全集 第22巻」、創文社) |
| ★ | フリードリヒ・ニーチェ『ニーチェ全集 第1巻 古典ギリシアの精神』(戸塚七郎+泉治典+上妻精訳、理想社、1980; ちくま学芸文庫、1994) |
| ★ | マルティン・ハイデガー『ヘラクレイトス』(「ハイデッガー全集 第55巻」、創文社) |
| ★ | 高橋憲雄『ヘラクレイトス――対話の論理の構築と実践を目指して』(晃洋書房、1995) |
| ★ | マルティン・ハイデガー『パルメニデス』(「ハイデッガー全集 第54巻」、創文社) |
| ★ | 井上忠『パルメニデス』(青土社、1996) |
| ★ | 山川偉也『ゼノン四つの逆理』(講談社、1996) |
| ★ | 鈴木幹也『エンペドクレス研究』(創文社、1985) |
| ★ | 西川亮『デモクリトス研究』(理想社、1971) |
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