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========●メールマガジン「哲学の激情」Vol.006 (01/28/1998)●========
■「哲学の激情」は八雲出と吉田浩がお送りするメールマガジンです。 ●「哲学の劇場」が新ドメインに移りました● 「哲学の劇場」が新ドメインに移動しました。ごめんどうをおかけいたしますが、「激情」をご購読のみなさまにおかれましては、次回アクセス時より上記URLをご利用いただきますよう、よろしくおねがい申し上げます。ついでと申してはナンですが、ブックマークにご登録いただき引き続きご愛用(?)いただければ幸甚です。細かなところにも改善・変更が加えられておりますので、「最近いってないなあ」という方もこの機会にぜひ、お立ち寄りください。 ●クズテツに「脳と心#0」を追加(吉田浩)● 哲学とさよならしたい大脳の科学。『「私」は脳のどこにいるのか』(筑摩書房)の著者・澤口俊之氏の哲学への離別(逃走?)を、吉田浩が追跡します。連載第1回。 ●GP MAP に池田清彦『構造主義科学論の冒険』の書評を追加(吉田浩)● 「冒険」という言葉も昨今では PlayStation や SEGA Saturn あるいはNINTENDO64(その他は省略)などの普及によって、だいぶん値がさがってきているようです。冒険もやりすぎると刺激がうすれるもの。さて、読書界でもさまざまなものが、あるいはさまざまなものをめぐって冒険が敢行されておりますが、みさなまは構造主義科学論の冒険につきあった体験をお持ちでしょうか。本書評にて、冒険への出発をご検討ください。 ●GP MAP にROUTE#014 「進化論の挑戦」を追加(吉田浩)● 進化論というのは穴が多い割には、どうにも抗い難い魅力をもった仮説ですね。だからという訳でもないのでしょうけれども、尻馬にのってはしゃぎまわるエピゴーネンが多いのもこの分野。こうなるとクリープが多すぎるコーヒーじゃありませんが、いったいどこまでがコーヒーなのか(そもそもこれは元々がコーヒーだったのかどうか)を見極めるのも味わう人の仕事になる道理。本 ROUTE では進化論関係書を読んでまいります。 ●GP MAP にROUTE#013 「科学論の冒険」を追加(吉田浩)● なにも字引をひくまでもなく、冒険とは「危険をおかすこと」のいいであります。でもやはり気になるから一等手近にある『広辞苑』(岩波書店)をひいてみると、先の説明に加えて「成功のたしかでないことをあえてすること」ともあります。こうなるとぜひとも『新明解辞典』(三省堂)をひいてみたくなるのが人情というものですが、不幸にも小生の手元にはありません。科学論の冒険ぶりを考察する ROUTE です。 ●GP MAP にリチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』の書評を追加(吉田浩)● タイトルの勝利とは本書のこと。擬人法があまりにも効きすぎて、シビれます(死語)。あまりシビれるものだからここ日本でも犠牲者が続出したものです。古来よりシビれる本は何種類かに分類されてきたものですが、エーコが『薔薇の名前』(東京創元社)に登場させた書物が身体に害をもたらすものだとすれば、本書は精神に・・・いえいえそれは言い過ぎというもの。毒となすか薬となすかはひとえに読者次第。これから服用の方は、吉田浩による使用上の注意をよくお読みになることをお薦めいたします。 ●GP MAP に鵜飼哲『償いのアルケオロジー』の書評を追加(吉田浩)● 台風のようにわきおこって、台風のようにどこかへ去っていった観のある歴史論争(いえ、もちろん小生が事情にうといだけのこと)ですが、みなさまはこの一連のコンニャク問答をいかがご覧になりましたでしょうか。落語のように笑ってすまないのがこの話題。小生などは、鵜飼氏に本書を書かせた(と申しても言い過ぎにはなりますまい)「歴史修正主義者」たちのシソウにうそさむさを感じてしまいます。 ●GP MAP に佐倉統『進化論の挑戦』の書評を追加(吉田浩)● 本書は挑戦の言葉に満ちています。選書という場を意識してか、言葉づかいと論理性にやや不安を感じる箇所も少なくありませんが、進化論の幅広い可能性を一望できるという点では得難いつくりになっています。無敵の理論・進化論のマルチ・タレントぶりをとくとご鑑賞ください。 ●GP MAP にエドワード・W.サイード『知識人とは何か』の書評を追加(八雲出)● 日本語でいうところの「知識人」や「評論家」ってどうも胡散臭い感じがしますね。もっとも、多分にそれはみなさんが知識人という言葉から誰を連想するかにかかっているわけですが。もし不幸にもこれまで知識人という言葉に結びついていた人物のおかげで「知識人って胡散臭いよなあ」とお考えになり、そのために本書を敬遠していた方がいらっしゃいましたら、騙されたと思って一度お手にとってください。もっとも読了後に「しまった!騙されたっ!」と感じられたとしましても、当局としてはいっさい責任をとれないなあ、ととぼけ通すまでのことですが。どの本にもバリンジャー『歯と爪』(創元推理文庫)のように返金保証がついていると安心なのですけれども。 ●クズテツに「親愛なるアメリカ合衆国大統領様」を追加(吉田浩)● さて、このタイトルからどんな内容を想像しますか?小生ははじめ、大統領のお嬢様が『コーラン』注解書をとりよせたことを受けて(そのことが報道の対象になるというのもナンですが)、僭越ながら、とお嬢様の家庭教師をかって出るのかとたのしみにしていたのですが、残念ながらそうではありませんでした。ちなみに女性問題についての指南でもありません。 ●GP MAP に滝澤武人『人間イエス』の書評を追加(吉田浩)● 人名に「人間」という二文字を冠する目的はいろいろあると思いますが、そのひとつは風説や思い込みなどによってよく見えなくなってしまった当人の実像を、いまいちど虚心に眺めようじゃあないか、というものです。考えると、一見これは当人のためにもよいことのように思えますが、世の中には人間としてのふるまいを飾ることなく語られると困るひともいるようです。管見によれば、後者には肩書きで生きている方々が多いように見受けられます。もっともなかには「実像を語る」というスタイルでその実当て推量ばかりを語るという場合も少なくないようでして、結局のところ受け手次第とうわけですね、と言わずもがなのことを言いました。 ●NOTESにベルクソン「形而上学入門」を追加(吉田浩)● 小生が惰眠をむさぼりアントニオ・タブッキの小説にうつつをぬかしている間にも(もちろんタブッキ氏はなにひとつとして悪くないのですが)、相棒・吉田浩はつぎつぎとコンテンツを作成します(本号の「更新状況」をここまでお読みいただいているみなさんには一目瞭然ですね)。ようやく本号を作りおえて、「あとは読者のみなさんのお手元にむけて発送するだけさ」とひと息ついていた小生の元に新たな更新の知らせが届きました。それはそうと、NOTES というコーナーでは、哲学思想書を精読し、そのエッセンスを抽出・解説するという試みをおこなっております。みなさまの読書や思索のお役にたてれば幸いです。もちろん、読解に関する異論・反論・示唆・叱正など随時おまちしておりますので、お気づきの点がございましたらお気軽にご連絡ください。
★――――――――――――――――――――――――――――――――― ●『CD-ROM 世界大百科事典 プロフェッショナル版』日立デジタル平凡社● いよいよ真打登場という感じでお出ましの『世界大百科事典』です。雑誌『本とコンピュータ』第3号(トランスアート社)掲載の龍沢武氏の「『世界大百科事典』電子化日誌」はこの大百科辞典制作の苦労話です。苦労話といえば、『わたしは電子の歌をうたう』(早川書房)は『Microsoft ENCARTA』の苦労話で、『闘うプログラマー』(日経BP出版センター)は『WindowsNT』の開発苦労話。どれも涙なくしては頁を繰ることができない物語ばかりですが、そうかと思えば買って読んでしまったことに涙せずにはいられない本が多いのもコンピュータ関係。 『CD-ROM 世界大百科事典』は、3月4日発売予定で定価は70000円。ただし98年5月末までは特別に57000円ということで、13000円引きの大盤振る舞いです(価格って・・・)。 cf.日立デジタル平凡社のURLはこちら ●『岩波 哲学・思想事典』岩波書店● またまた事典の話。こちらはちょっと意外といえば意外な感じがする岩波書店の哲学事典。これまで平凡社の『哲学事典』(小生の手元にあるのは71年の「改訂新版」)を中心にこまごまとした事典を揃えてやっておりましたが、これでまたひとつ心強い道具が増えるというものです。この事典、内容見本を読む限りでもいろいろと工夫が凝らされているようですが、なかでも小生のようなモノグサにはうれしいのが「書名項目」。東西550冊からの「名著」を2500〜5000文字で解説する項目が用意されているそうで、ちょっとした名著事典としても利用できるとか。 3月18日発売の予定で定価は14000円。ただし98年9月30日までは特別に12500円とのこと。あら思議、先の『世界百科事典』でういた13000円がうそのように都合よく。これなら帰りにコーヒーも飲めますね。 ●G.W.F.ヘーゲル『精神現象学』(長谷川宏訳、河出書房新社)● 長谷川宏氏によるヘーゲル訳第4弾は『精神現象学』です。なにも新しい翻訳が出るたびよろこばなくてもいいじゃないか、とはじめからヘーゲルが書いた言葉で読む向きには言われそうですが、それはそれ。翻訳の種類が多くて困ることはありません。時代じだいの新訳があるのもよろしいのではないでしょうか。小生が目にした広告(『現代思想』1998年2月号、p.183)では、2月刊行予定とのことです。
★――――――――――――――――――――――――――――――――― 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年も、当「哲学の劇場」をよろしくごひいきのほど、おねがいいたします。関東で大雪がふったり官僚やスポーツマン(?)の不祥事がぞくぞくと明るみにでる今日このごろですが、みなさまにおかれましては豊かな読書・買書生活を満喫されていますでしょうか?およそ1ヵ月振りの発行となりました Vol.006新春特大号(小生の怠惰によりお知らせすることがたまってしまっただけなのですが!)をお届けいたします。 買書といえば、小生が好きな随筆に渡辺一夫氏の「買書地獄」という作品があります。文庫にしてわずか5頁ばかりの作品で、父上殿に「万巻の書を積んでも読まざれば持たざるに等しい」と皮肉をいわれながらも「座右にあればいつかは必ず読む機会があるはずだし、書物は辞典のようにして用うべきものであるなどと弁解」しながら買書生活をやめられない青年時代の思い出をしみじみと、しかしその「強弁」が「実に正しいということ」を三十代半ばにして確認した、という顛末が語られています。渡辺氏が購入した本をほんとうに読まなかったかどうかは別として、かの碩学の口からこのような言葉がもれたことを想像するにつけても小生は非常に愉快な心持ちがいたします。と同時におおいに勇気づけられるものです。 坪内祐三氏の「積ん読による回想体験」(『本とコンピュータ』第3号)は、積読の効用を肯定的に述べた文章で、買書・積読が好きな読者には身に覚えもあり、心強いお話。 しかし、買書や積読はどういうわけかたぶんに弁明を要する行為のようであります。小生のみるところ、それらの弁明は他人への説明であるよりもまず自分を納得させるためのものであることが多いようです。思うに、理由なく書物を買うと、ほんとうに際限がなくなるからなのではないでしょ うか。ちなみに小生がもっとも愛用している買書理由は、発行されたときに買わないと、昨今の書物はすぐに入手できなくなるから、という(もっともらしいのかでたらめなのかわかったようなわからないような)ものです。みなさまの場合はいかがでしょうか? 98年度の上半期も『大森荘蔵著作集』(岩波書店)や『丸山眞男座談集』(岩波書店)といった新企画のほか、『西洋古典叢書』(京都大学出版局)『現代思想の冒険者たち』(講談社)の続刊などなど予定があきらかなだけでも刮目の新刊がめじろおしです。また、4月からは前号で吉田浩が「ボーナス気分で買った本」としてあげていた岩波書店版『プラトン全集』の第5次刊行がはじまるそうです(詳しくは、藤沢令夫『プラトンの哲学』岩波新書新赤版537、p.231などをご参照ください)。この機に、月一冊の配本にそって全作品を読破するというのも一興ですね。なんだか岩波書店の宣伝ばかりしているようですが、他意はありません。 今回はこの辺りで失敬いたします。ではご機嫌よう、左様なら。 渡辺一夫氏の「買書地獄」は、大江健三郎氏と清水徹氏が編集した『狂気について』(岩波文庫青188-2)で読むことができます。
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