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| 深沢七郎 【ふかざわ・しちろう】 (1914/01/29-1987/08/18) |
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1914年(大正3年)1月29日、山梨県東八代郡石和町市部に生まれる。父・印刷業深沢隣次郎の四男。2歳から5歳くらいまで同町オキ村の未亡人の老婆に預けられる。3歳ごろから眼を病む(角膜炎。成人後も右眼はほとんど不能)。1920年(6歳)、山梨県石和小学校に入学。小学校時代の成績は中位。1926年(12歳)、山梨県立日川中学校(現在、日川高等学校)に入学。1年生1学期終了後、成績不良のため小学校6年生時の担任教師の家に預けられる。この頃から農家が好きになる(教師の家は農家であった)。約1年で成績がよくなり実家に戻る。中学1〜2年生のころにギターを与えられ、ギターを弾くことが好きになる。ほかに外で遊ぶこと、甲府へ映画を観にいくことに熱中する。1931年(17歳)、日川中学校卒業。2年生の2学期、家に遊びに来た上級生にすすめられてデュマ・フィス『椿姫』(翻訳)を読み感動。次にアベ・プレヴォー『マノン・レスコー』を読み感動。トルストイ『復活』もすすめられて読む。それまで立川文庫の『猿飛佐助』のような忍術本ばかりを読んでいたが、このころから詩を作ったりするようになる。中学卒業後は家の習慣通り住込奉公をすることになっていたが、父から「ヒチローは印刷屋はよせ」「クスリ屋をやらせろ」と言われて薬屋に住み込んだ。その後、数か所の住込奉公を経て流転の生活となる。その間、3人の師よりギターを習う。20歳ごろから胸部疾患を病む(32歳ごろ乾性肋膜炎となる)。注射と薬が大嫌いだった。1934年(20歳)、徴兵検査は丙種合格(その後再検査で丁種となる)。このころ徴兵保険会社(現在の富国生命保険)の契約課に勤務。1938年(24歳)、勤めてすぐ九州の支店に転勤。博多に住む。1939年(25歳)、博多から戻り、第1回のギター・リサイタルを丸ノ内明治生命講堂で開く。この演奏会で日本で初めてナイロン弦を使用した。その後クラシック・ギターのリサイタルは1952年、神田YWCAの18回リサイタルまで続く。1954年(40歳)、日劇ミュージック・ホールの正月公演「一日だけの恋人」に特別出演。芸名桃原青二。それ以前の1949-1954年の間は旅回りのバンドに入ったり(芸名ジミー・川上)衣類の行商の仲間に入ったりした。1956年(42歳)、2月、「楢山節考」を書く。これは家と日劇ミュージック・ホールの楽屋で書いたりした。ホールの構成演出をしていた丸尾長顕氏のすすめで『中央公論』の新人賞に応募。11月号で第1回中央公論新人賞を受賞(選者は伊藤整、武田泰淳、三島由紀夫)。1957年(43歳)、単行本『楢山節考』を刊行。1958年(44歳)、『笛吹川』『言わなければよかったのに日記』を刊行。1959年(45歳)、『東京のプリンスたち』を刊行。ベルナール・フランクによる仏訳「楢山節考」がガリマール書店より刊行(Shichiro Fukazawa, Narayama, Gallimard)。1960年(46歳)、『中央公論』(1960年12月号)に「風流夢譚」を発表。1961年(47歳)、2月1日夜、嶋中事件が起きる。これは元大日本愛国党員の少年(当時17歳)が「風流夢譚」の内容に憤慨し、当時の中央公論社社長嶋中鵬二氏宅に刃物を持って押し入り家政婦を殺害、社長夫人に重傷を負わせた事件。2月2日朝、犯人逮捕。深沢は2月6日に記者会見をした後、東京にいたたまれず逃亡、再び放浪生活に入る。1963年(49歳)、『流浪の手記』を刊行。1964年(50歳)、『千秋楽』を刊行。1965年(51歳)、『甲州子守唄』を刊行。埼玉県にラブミー農場を作る。1966年(52歳)、『人間滅亡の唄』を刊行。『庶民列伝』を刊行。1971年(57歳)、東京下町に今川焼屋・夢屋を開業。1973年(59歳)、『盆栽老人とその周辺』を刊行。1979年(65歳)、『中央公論』(1979年6月号)に「みちのくの人形たち」を発表。1980年(66歳)、「みちのくの人形たち」が川端康成文学賞に選ばれるが受賞を辞退。単行本『みちのくの人形たち』を刊行。1981年(67歳)、単行本『みちのくの人形たち』が谷崎潤一郎賞を受賞。祝賀会ではヤクザ踊りを披露。1984年(70歳)、『極楽まくらおとし図』を刊行。1987年8月18日、心不全で死去。73歳。
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■『深沢七郎集』
以下に、筑摩書房版『深沢七郎集』(全10巻)の構成を記す。
・第01巻(小説1、1997年02月)
・第02巻(小説2、1997年03月)
・第03巻(小説3、1997年04月)
・第04巻(小説4、1997年5月)
・第05巻(小説5、1997年6月)
・第06巻(小説6、1997年7月)
・第07巻(エッセイ1、1997年8月)
・第08巻(エッセイ2、1997年9月)
・第09巻(エッセイ3、1997年10月)
・第10巻(エッセイ4、1997年11月) ■二次文献 ・『ユリイカ』第20巻第12号、1988年10月号「特集=深沢七郎の衝撃 現代日本文学のトリックスター」(青土社)
・福岡哲司『深沢七郎ラプソディ』(TBSブリタニカ、1994/07) ・嵐山光三郎『桃仙人――小説 深沢七郎』(メタローグ、1995/01) ・京谷秀夫『一九六一年冬「風流夢譚」事件』(平凡社ライブラリー、平凡社、1996/08) ・浜野茂則『伝記小説 深沢七郎』(近代文芸社、2000/06) ・相馬庸郎『深沢七郎――この面妖なる魅力』(勉誠出版、2000/07) |
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