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Marcus Aurelius Antoninus 【マルクス・アウレリウス・アントニヌス】 (0121/04/26-0180/03/17)


■略歴■

121年04月26日、ハドリアヌス帝統治下のローマに生まれる。父はアンニウス・ウェルス、母はドミティア・ルッキラ。幼名をマルクス・アンニウス・ウェルスという。父アンニウス・ウェルスは早くに亡くなり(マルクス9歳のときとも)、以後マルクスは母方の祖父のもとで育てられる。教育は公の学校ではなく、家庭教師達について学ぶ(『自省録』1-4)。ハドリアヌス帝に目をかけられ、138年、次の皇帝アントニヌス・ピウスの養子となる。145年、アントニヌス帝の娘ファウスティナと結婚。この頃から哲学、とくにストア派に傾倒する。161年03月07日、皇帝アントニヌスが病死。アントニヌスの指名により帝位に就く。この際、マルクスの要望によって義弟(共にアントニヌスの養子であった)ルキウスを共治帝とする(ルキウスは169年に死去)。東方のパルティア、北方のゲルマン、マルコマンニらの侵入と戦う。175年、シリアの総督アウィディウス・カッシウスが反乱を起こし、これを鎮圧。178年、2度目の対マルコマンニ戦争に出陣。180年03月17日、シルミウム(南部パンノニアの町)で出陣中に病没。

唯一の著作として伝存する書物は『自省録』(τα εισ εαυτον、直訳は「自分自身に」)であるが、同書は折々に綴られた手記であり、公刊を意図されたものではない。断片的な文章や多くの反復的な文章を含む。すべては原子から生じ原子へ還るという原子論的世界観に基づいた生の儚さを基調とし、そのような生ならば名声や富に執着せず、あらゆることに心乱されず、常に死の到来を念頭に生きることが大切であり、行為にあたっては世界市民として適切であるべきことなどを自らに説くストア派的な倫理の書。同書の成立事情は不明。



■作品■

???? τα εισ εαυτον
『自省録』(水地宗明訳、西洋古典叢書G006、京都大学学術出版会、1998/04)



■文献■

■『自省録』

邦訳版の『自省録』で今日参照が容易なものには次の版がある。

『自省録』(神谷美恵子訳、岩波文庫青610-1、岩波書店、1956/10)

『自省録』(鈴木照雄訳、『世界の名著 第13巻――キケロ/エピクテトス/マルクス・アウレリウス』、中央公論社、1968/08)

『自省録』(水地宗明訳、西洋古典叢書G006、京都大学学術出版会、1998/04)

『注解 マルクス・アウレリウス「自省録」』(水地宗明、法律文化社、1990)

■一次文献

Fronto, Correspondence(translated by C.R.Haines, 2vols, Loeb Classical Library 112 & 113, Harvard University Press, 1919-1920)
 師であるフロントの書簡集。マルクスからフロント宛に出された書簡も残っている。

■二次文献

・Anthony Birley, Marcus Aurelius, A biography(revised ed., 1987)



■リンク■

The Meditations‐The Internet Classics Archiveに収録の『自省録』英訳テキスト。(英語)




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